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エキサイティングな人生を

仕事とジャニーズにまみれる日々

私がEighterに戻った日

ジャニーズ
最近のマイブームはレーズンである。ウガンダで約2.5カップ8000sh(約250円)で売られているのを見つけてから、少しお腹が空いたときや、夜赤ワインを飲みながらちまちま食べている。なんせフルーツだから罪悪感が全くない。さて、今回は「私がEighterに戻った日」というタイトルで記事を書きたいと思う。
 
 
特にここからEighterをやめたとか宣言はしていない。しかし、なんだか昨日は自分からEighter出戻りを勝手にTwitterで宣言して、自己満足していた。自分がEightから離れだしたのは、ちょうどマイホームや365日家族などの連続リリースや五大ドームツアー(FIGHT)の頃だったと思う。Spirit!のDVDを手に取ってこんな面白いグループいままでにない!って本気で思っていたし、初めて行った布団魂の感動は忘れられない…しかしどうしてあんなに夢中だったエイトから心が離れ始めたのか…自分なりに検証してみた。
 
まず1つめ、KAT-TUNの不安定さ。不安定だからこそ8UPPERSの頃はエイトに夢中だった。しかし、やはりデビュー前からの勢いを考えるとKAT-TUNは失速しているとしか思えなかったし、それに反比例するように関ジャニ∞はどんどん加速して勢いをつけていっているように感じた。五大ドームだってKAT-TUNが先にやる予定だった。野外だってKAT-TUNが先にやる予定だった。本当に勝手だが、なんだか単に悔しかったのだ。コンサート会場に行って、他のEighterと一緒にエイトの成長を心から喜べない自分がいたのだ。
 
2つめ、Kis-My-Ft2のギラギラ。この前も何かの記事で書いたが、20代前半のデビューを目前に控えた男たちのギラギラはとてつもない。間違ってもキラキラではない。ギラギラである。KAT-TUNにハマっていたのだからあのギラギラに惹かれて当然だったと未だに思うが、あの時のキスマイは見ていて本当に楽しかった。滝沢くんの舞台に行き、エビキス魂に行き、単独コンサートに歓喜し、席が埋まらない北海道公演で騒ぎ倒し…今思い出しても私の青春だったと思う。そして、デビュー発表のあの感動を共有できたのは、貴重な経験だった。しかし、学生だった私は3つも4つもグループを掛け持ちできるはずもなく、エイトの代わりにどんどん私の中でキスマイの占める割合が増加していっていた。
 
3つめ、Eighterの増加。冷静になると、ファン心理とは本当に面白いものだと思う。売れて欲しいと思う一方で、好きな人との距離が離れていくこと、ファンが増えていくことへ、どうしても不安や不満が湧いてくる。頭では理解しているが、誰もが感じることではないだろうか。8UPPERSを終え、ドラマ出演やバラエティー番組への出演も一気に増え、シングルを関西おもしろ路線から少しはずし、関係者の数が急増し、一般の方からの知名度をどんどん上げていった関ジャニ∞は、もちろんこの時期にファンを増やした。びっくりした私は、驚いているうちにこの勢いについていけなかったのだ。
 
4つめ、You & Jの解体。説明する必要もないとは思うが、関ジャニ∞、NEWS、KAT-TUNはYou & Jという1つのファンクラブを持っていた(2006年4月3日会員受付開始)。そのため、KAT-TUNファンもNEWSのコンサートに申し込みできたし、関ジャニ∞のファンもKAT-TUNのコンサートに申し込みができたのだ。年会費は他と変わらず4000円。当時、中学生だった私はこの制度をおおいに活用し、3Gのコンサートに足しげく通っていた。しかし、2012年2月25日、会報で突然You & J解体のお知らせである。私は、まずKAT-TUNファンクラブに移行したが、金銭的な問題や、上記の理由から関ジャニ∞とNEWSのファンクラブには入らなかった。これも大きな要因となっただろう。
 
この大きく分けて4つが、エイトから離れてしまった訳。言い訳だ。
 
さて、ここからは本題のEighter出戻った経緯。
 
現場に行かなくなっただけで、決して嫌いになったわけではなかったため、エイトの楽曲はこまめにチェックしていた。関ジャニズムを聞いて、いい曲増えたな、コラボレーション多いなと何故か少し上から目線でコメントしていた自分を許してほしい。しかし、「三十路少年」や「ゆ」を聞いて、やはりエイトの神髄ここにあり!と確信した。ウガンダという僻地にいるからこそ、ぷぷっと笑えるということは大事だし、とても助かったのだ。一緒に生活している日本人の山さん(女先輩, 仮名)にも、この面白さをぜひ!と思い、半分無理やり聞かせた。山さんは、ジャニーズには全く興味のなさそうなタイプの方だが、エンターテイメントの少ない僻地だったからか、気に入ってくれたようだった。さらに、押しつけがましいと思ったが持ち込んでいたJUKE BOXのDVDを半強制的に見てもらい、またもや好感触をGET。CDとJUKEのDVDを託し、私は日本に一時帰国したのだが、その間に何回もリピートして完全にEighterの扉を開けてしまっていたようだった。
 
そこで、今回の出張では私の持っているDVD(CDの特典も含む)を全て、ウガンダに持ち込んだ。そして、私と山さんとの関ジャニ∞勉強会が始まったのだ。目標は2か月。短期集中型だ。毎日毎日仕事が降ってくるため、自分たちで土曜日の夜はオフにしようと決め、鑑賞会。Spirit!!から始め、あっという間に十祭である。もちろんコンサートDVDは、ある程度外周トロッコ曲など飛ばしながらにはなってしまったが、関パニや録音していたレコメンなど個人個人で挟みながら、2か月間詰め込みまくった。もちろん何も知らない人に良さを知ってもらおうと私も必死である。当時の彼らの仕事状況やキャラクターの違い、面白かったエピソードなど自分でもよく出てくるなと思うほど語った。途中暑苦しいと思われるのではと、どきどきしたが、山さんは着実にEighterになっていっていた。十祭の横山さんを見て泣くほどである。もう立派なEighterだと確信した。その時、ふと私も戻りたいと思ったのだ。エイトから離れた要因の1つめと2つめはもうない。そして3つめも、もう気にならない。日本にいないながらも、関ジャニズムを購入し、強く強く強くを予約注文していた。そうなれば、あとは気持ち次第である。
 
よし、Eighterに戻ろう。
 
言ってしまったらなんだか楽になった。なにをそんなに意固地になっていたのだと思うほど。もうとにかく関ジャニ∞が大好きなのだ。ただそれだけである。
 
最後に、ここまで熱く長々と語ってしまったが、決してハイフンをやめるわけでもなく、NEWSが嫌いになったわけでもない。これまで以上にジャニーズ事務所所属の方々には目と心の保養をさせていただきたいと思っている。
 
p.s. 今は山さんと日本から届くことになっている、関ジャニズムのDVDと強く…のCDを心待ちにする毎日である。